河童と嫁女

★★  河童と嫁女 ★★

昔、今の圧手あたりが、一面の葦で覆われていた頃のこと。たいそういたずら好きな 河童が住んでいた。時々往き交う人々に、わるさをしては、とても困らせていた。

或る秋の日の夕暮れ、一人の可愛いヽ嫁女が、大きな風呂敷包みを背負い、急ぎ 足で、人気のない淋しい所を小走りにやってきた。

そのようすを、葦の棄かげでじっと見ていた河童は、走ってくる嫁女の前に、サッと 踊り出ると「ヤィ、その背中にひっかるうちょる荷をここに置いち遊ばんかい〃」と 叫んだ。

びっくりした嫁女は、声も出んほどであったが、ようやく気を取り直してよく見ると、 子どもの河童だった。とたんに若くて可愛い顔立ちに似ず、機転のきく、ひゆう ぐれもん(おどけ者)に立ちかえった嫁女は、「ひとつ河童をせごうて(からかう) やろう」と考えた。

「あれま−どなたかち思うたら、河童しやんじやね−かい。遊びた−いいばってん、 この風呂敷包みの中にゃ、里のおっかしゃんからもろ−ちきたみやげもんの、いっぱい 入っちょるき、はよう帰らな家んもんが待っちょるもんね」といい返すと、これを 聞いた河童は、「みやげ」と聞いただけで欲うて欲うてたまらず、「ほんのちょいと 遊ぼうや」といってきかない。

そこで嫁女は、「しめた」とばかり風呂敷包をおろすと、「そげんいうなら仕方 がねえて。みたとこ河童しやんな、ばさろ力が強いちいうことじゃが、おたいも近所 んもんから、女横綱ちいわれちょる女子たい。どうじゃろ、相撲でん取ろうかと いうと、ドスコイ、ドスコイ、四股を踏んでみせた。

これを見た河童は、足をふんばり、肩を怒らせ、今にも飛びかからんばかりの これまでの元気はどこえやら、強そうな嫁女と相撲なんかとって、頭の皿の水が ひ上ってはたまらんと、葦の茂みの中に、サッとかくれてしまった。

日頃から嫁女は、里の母親から、「帰る途中で河童に出くわしたら、相撲とろやち、 いうと、さっと逃げて行く」と教えられていたのであった。

ところで、嫁女は少しも力が強いわけでなかったから、ヤレヤレと胸をなでおろし、 荷物を背負い直すと、とっぷり日の暮れた左手川のほとりを、急いで家へ帰っていった そうな。

日田在住の古老の口伝より

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