森ノ元遺跡(MNM)

9森ノ元遺跡(MNM)

一県営圃場整備池辺地区・市道田島有田線建設に伴う発掘調査

所在地     大字東有田字打上り3157ほか
調査期間    970901〜970920
開発面積    (県圃一20,000u・市道一32,271u)
調査面積    2,59!u
調査費     原因者負担
調査年次    1年次
遺跡の時代   縄文・中世・近世
遺跡の種類   墓・集落
担当者     行時志郎
※()は    県営圃場整備事業池辺地区全体面積
        市道田島有田線全体工事面積

遺跡の位置

日田盆地東部の求来里川沿いに開けた沖積微高地上に立地する。求来里川を挟んで対時
する丘陵斜面には、古墳時代の竪穴住居跡や平安時代の木棺墓が確認された馬形遺跡が
存在している。

調査の概要

試掘調査で確認された調査対象区域のうち、市道より東側(山側)の圃場整備予定地は
盛土工法により保存されることになったため、調査は市道とその西側(谷側)について
のみ本調査を行った。調査区は小さな谷を挟んで北区と南区に区別したが、南区に
ついては遺構が存在しなかったことから、調査対象区域はさらに絞られ、北区のみの
調査となった。

調査では、縄文時代晩期の遺構として埋甕が1基発見されたほか、同時期頃とみられる
落穴遺構も5基検出された。また古代末期から中世の遺構として掘立柱建物跡15棟と
土墳墓1基が検出された。

掘立柱建物柱穴内からは瓦質土器・土師質土器・中国龍泉窯青磁碗などの破片が出土
したほか、土墳墓からは完形の小刀1口、中国龍泉窯系青磁椀・青磁皿各1点がまと
まって出土した。

まとめ

掘立柱建物群の構成は大きく2群に別れ、そのうち北側のものは庇付の建物を中心に
4〜5棟で「口」の字にまとまりをみせ、一つの屋敷地を構成している。

この時期の集落の在り方やその後に続く小迫辻原遺跡などで発見された溝で囲まれる
屋敷へ発展していく過程を考える上で今後の貴重な資料となった。

また、建物内に土壙墓が存在することについては、関連性があるのかどうか今後の類例
の増加を待ちたい。

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