弥生時代の遺跡

** 弥生時代の遺跡 ** 

* 弥生分化の伝播と定着...現在日田市内の遺跡から出土する土器からみて弥生の農 耕は弥生前期前半に位置づけされる板付1式土器の発見はないがそれに続く板付2式土器 は出土している.つまり弥生前期後半には弥生文化の伝播は間違いない.又そのルートも 北九州から南下し,筑後川沿いに東上して伝わったと考えられる.

営みの場所も主に洪積台地上で生活を営み眼下の沖積地を含んだ範囲を領域としていたら しい.盆地内部の沖積地での生活跡は稀にしか確認されないのは,筑後川の上流で水害等 の災害が頻繁にあって,阻害要因となったと思われる.従って主な生活領域は,本流域よ りも,支流領域で沖積地で,かつ本流より40m前後(標高では120−170m)の台 地であったと思われる.それ以上になると殆ど無い. 日田に伝播した農業文化は玖珠川域に天瀬町さらには玖珠盆地にまで波及したのである.

** 日田市内の弥生時代の遺跡

** 弥生時代前.中期の遺跡

@ 朝日,山田地域

* 吹上遺跡(ふきあげ)..盆地北部の吹上原台地に存在している.現在遺跡は 畑地として利用されている.

古くから土器片,石器が多数出土していて, 中でも磨製石器の出土量は多く県内では他に例を見ないこの時期の遺構は竪穴式住居跡 29基,貯蔵穴(断面がフラスコ状),溝状遺構,小児用甕棺墓等で中期初め−中期末 .後期初めで,特に中期末−後期初めが多く,大半が隅丸方形プランの形態である.

遺物は,前期後半−末では板付2式土器や,亀の甲タイプの土器,中期初めの 城ノ越式土器が,前半−後半では須玖(すぐ)1,2式土器が,さらには下城式タイプ の甕,袋状壷,が出土している.

土器以外では太形蛤刃石斧(ふとがた はまぐりばせきふ),扁平片刃石斧(へんぺいかたはせきふ),柱状片刃石斧( ちゅうじょうかたばせきふ),小型方柱状石斧(こがたほうちゅうじょうせきふ), 石包丁等の磨製石器類や,石剣,石戈,環状石斧,打製石鏃,石製紡錘車,石のみ, 土製紡錘車,等特に石包丁は300点以上に及びその大半が福岡県飯塚市の立て岩産 である. 

* 小迫辻原遺跡(おざこつじばる)..朝日川を挟んだ吹上遺跡北側の通称辻原台地 に広がる.九州横断道路建設に伴い発掘調査を実施したところ,S62年に,3世紀末 −4世紀初めの環壕居館跡か2基発見され一躍注目を浴びている.その後も連続した 遺構が発掘され現在も精細な発掘作業が行われている.

弥生時代の遺構は,前期後半から中期初めの円形竪穴式住居跡,貯蔵穴,土坑, 中期後半から末の成人用甕棺墓,小児用甕棺墓,土こう(土廣)墓が検出されている. 土こう墓からは石剣の刃先が,遺物には板付2式,城ノ越式,須玖式土器,石包丁, 柱状片刃石斧,太形蛤刃石斧等の石器が出土している.

* 朝日宮ノ原遺跡(あさひみやのばる)..小迫辻原遺跡の北西600mにある. 通称宮原とか,天神原とよばれる.別名天神原(てんじんばる)遺跡と呼ばれ, 台地南側の天満前方後円墳北側では中期の住居跡が確認され,竪穴式住居跡15基, 土こう200基,小児用甕棺基4基が発見されている.

中でも竪穴式住居跡は円形が3基,方形が12基で円形の竪穴式住居は直径8−9mの 大形である.

遺物は城の越し,須玖1.2式,が主流,中には中期末−後期 初めの3号方形竪穴式住居跡から鋤先(すえさき)口縁の頚部,胴部に多条の突帯を 巡らす壷や,丹塗り(にぬり)須玖式甕等豊前地域に見られる土器が出土している.

輝緑凝灰岩や,砂岩の石包丁,磨製石鏃,太形蛤刃石斧,抉入片刃石斧,投弾等が 出土している.

* 山田原遺跡(やまだばる)...遺跡は山田原台地東側に位置する.農業基盤整 備事業により大半破壊され畑の中に土器片が多数散布している.

板付2式の甕や,須玖式土器の壷,丹塗りの土器片,立て岩産の石包丁,等があり 本格的調査はされていない.

* 岩崎遺跡(いわさき)..朝日宮ノ原遺跡北側の二串川流域沿いに存在する.
S58年発見されたが調査は行われていない.縄文土器や,須恵器に混じって中期
の壷の破片が確認されている.

* 徳瀬遺跡(とくぜ)..筑後川と庄手川が合流する微高地上に存在し,S59発見 ,60年の試掘の結果溝状の遺構の一部と,竪穴式住居跡の存在を確認,板付2式, 城ノ越式,須玖式土器,立岩産石包丁などがある. 

* この外この地域には中期土器が出土した小迫(おざこ)墳墓群,や用松原遺跡 (もちまつばる)がある.

@ 有田地域

* 小寒水遺跡(おそうず)..有田川右岸の小寒水原台地先端部に位置している .本格調査はされていないが発見された土器の中には甕の上げ底の低部等があり中期 初めの集落が営まれていたと思われる.

* 葛原遺跡(くずばる)...西に花月川,南に有田川を望む通称葛ケ原台地上に 存在する.この遺跡の北側には黒耀石の石器が採集され,旧石器,縄文時代の柴尾 遺跡遺跡がある.土こう40基が発見され遺物は城ノ越土器を主体とした物で中期 初めに位置づけられる.

* 佐寺原遺跡(さでらばる)..葛原遺跡の南側台地に位置し,主に中期の土器が 身請けられる.その他の遺跡として,池辺原遺跡(いけべばる),須ノ原遺跡 (すのはる),札町遺跡などが存在する.

@ 三芳,田島地域

* 元宮原遺跡(もとみやばる)..元宮原台地に位置し中期の土器が採集されている.

* 溝口遺跡(みぞぐち)..,河岸段丘上に存在し中期の壷の破片が発見されている.

* そのほか東寺原遺跡(とうじばる)等がある.

@ 石井,上野,高瀬地区

* 長者原遺跡(ちょうじゃばる)..別名原(はる)遺跡,原台地に存在し各時代 の遺物が多数採集されている.

* 上野原遺跡(うえのばる)..上野原台地に存在し,ほとんどが水田として利用 されている.中期後半の土器が採集されている.

* 泉遺跡(いずみ)....上野原と護願寺遺跡の中間,土師器等に混じって, 板付2式,須玖1式の甕のかけらが発見されているが本格調査はされていない.

* 若八幡神社遺跡(わかはちまんじんしゃ)..筑後川河岸段丘上にあり現在畑地 となっている.石包丁が発見されている.

  参考文献:日田市史 H2,12,11発行

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