** 新 日田の文化財−45 蕪の菩薩形仏像 **
もとどりを高く結いあげた頭は、かっては宝冠をいただいていたのだろう。両肩を
包んだ衣が腕へ流れて、指を禅定印という形に組み、蓮華座の上に坐している。
この仏像は、以前は有田・蕪の丘の松林の中に堂があった。人々に尊ばれて、豆田
の広瀬家も厚く信仰し、淡窓は「歌舞村観音堂」の題で詩を詠んでいる。
最初からその地にまつられていたかどうかはわからないが、記録によると、その堂
にはいまは失われているが、位牌があって、天正十五年(1587)と記されてあっ
たという。仏像はそれよりも古く、遅くとも室町時代前期の造立と推定される。当時
のこの地方の豪族だった、坂本氏に関係するものであったに違いない。三十年程前に
わけあって、そこから東にあたる現在のところに移された。
榧材四枚の寄せ木造り。像の高さ三十二・三センチメートル、膝の幅二十・五セン
チメートルである。そう大きな像ではないが、造りは丁寧で、一応の仏師の手になる
だろう。
この仏像は古くから観音と言われてきているが、実際は、姿から見ると、禅宗に多
い宝冠釈迦如来かと思われる。あるいは胎蔵界大日如来、聖観音菩薩ともとれるが、
決定にはなお考究が必要なので、いまは木造菩薩形坐像としておく。いずれにしろ、
文化財指定に値する像である。
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