** 郷土の文化財−3 鵜飼 **
日本で最も古い伝統をもつといわれている岐阜県長良川の鵜飼は、千年ほども前の
延喜年間から始まったといわれている。
日田の鵜飼は、伝承によると豊臣秀吉の家臣で
日田の領主であった宮木長次郎が380年ほど前、娯楽慰安のために鵜匠4人を岐阜
からつれてきて、中城の庄屋某、竹田の庄屋二串和平次、鎌手の庄屋矢羽田三左衛門、
上津江の庄屋某の4人に、鵜匠ひとりずつを養わせたのに始まる。
徳川氏が天下の覇権
を握り日田に代官所を置いてからも、歴代の代官は鵜匠株をもつ者のほかは、みだりに
鵜を使って魚をとることをかたく禁じていた。つまり、今でいう独占企業態勢で鵜飼を
育成していたわけだ。
もし都合があって鵜匠株を他人に売るか、また貸す場合は、必ず代官の許可を得なけ
ればならなかった。この鵜匠株の古文書(日田郡代池田岩之亟の認印のあるもの)は、
大正10年の大洪水でおしくも流失した。
現在の鵜匠は竹田新町の西尾両氏と中川氏の3人。二十数羽の鵜をあやつって、水郷
日田の夏の風物詩−鵜飼に活躍している。鵜飼は、昭和41年3月22日、大分県重要
無形文化財の指定をうけた。
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