福岡県太宰府市 祭 曲水の宴 3月

4/03/11 13:11:44 HITA     福岡県太宰府市 祭 曲水の宴 3月

曲水の宴(福岡県太宰府市、3月)

〔案内文〕        太宰府天満宮の曲水の宴は、毎年梅の花の美しい3月の第一日曜
日に催される。

太宰府天満宮の文書館横の曲水の庭に、十二単の姫、衣冠束帯の殿上人、小桂の女
房に紛した人たち約40人が、曲水溝の畔に緋毛敷を敷き座し、水上から酒を満たし
て流れくる盃が、自分の前に来るまでに和歌をしたためた短冊をその盃にのせて流す
。梅の花びらの舞うなか、琴のかなでられるなか行われるこの宴は、きらびやかな平
安時代を再現する祭りである。

元々、中国では、曲水の宴は、水の精霊に対する祭りのひとつで、不祥を水に托し
て除去することからはじまったもので、これが、水辺でケガレをはらう日本の思想と
結合し、3月3日、または3月のはじめの巳の日に行われた禊祓の儀式である。

太宰府天満宮の曲水の宴は、天徳2年(958年)大宰大弐小野好古がはじめたと
よれば宮中で行われていた四度
の宴、つまり内宴、曲水の宴、七夕宴、残菊の宴が大宰府政庁の役人によって、天満
宮で行われるようになったと述べられている。都から下った官人が、天ざかる鄙の生
活のつれづれをなぐさめ、かつ大宰府へ左遷され苦悶のうちに生涯をとじた文神菅原
道真の霊をなぐさめるには、この上もない催だったといえるだろう。天満宮の四度の
宴もいつの頃かなくなってしまい、江戸時代には、七夕の和歌会だけが催されていた
ようである。

曲水の宴は、昭和38年に復活し、以来、西都大宰府の王朝文化を再現している。

〔一口メモ〕      太宰府天満宮で行われる曲水の宴は、曲りくねった清水の溝の流
れに川上から酒をついだ盃を流す禊祓の儀式で、流れてくる盃が自分の前を過ぎない
うちに詩歌をつくり、盃を載くというきらびやかな平安時代を再現する祭である。

〔期間〕        3月の第1日曜日(雨天の場合翌日曜日)
〔見所の日時〕  3月の第1日曜日
〔場所〕        太宰府天満宮文書館横曲水庭
〔交通〕        西鉄太宰府駅下車、徒歩5分
〔文化的価値〕  西都太宰府の王朝文化の再現する祭
〔観客動員数〕  約10万人
〔問い合せ先〕  太宰府天満宮  (電話  092―922―8225)

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