** [淡窓 先生]シリーズNO.13



 先生は,かなしさのあまり,大超寺で,なくなった塾生の祭りをして,あつくその霊を なぐさめました.

 こうして,つぎつぎとおこったさいなんに,とうとう先生はたおれて しまいました.  それは先生四十四才の暮れでした.

去年の秋風庵のかなしみから,脱肛(ぢの病気)にかかり,小便がふさがって,久しくな やんでいましたものが,いよいよせっぱつまった重態となり,いいようもない苦しみとな りました.

  今日まで,諌山安眠は内科をうけもち,熊谷見順は外科を見まもり,それ ぞれ治療にあたりましたが,苦しみはますばかりであります.

 家中のものの心配はもとより,塾生にいたるまで,その苦しいうめき声は,きくにたえ ませんでした. 世間の人は,[先生もこんどはだめだ.]といいました.

 学生たちは,久しく先生の講義はうけられず,かんびょうにもつかれて,故郷に帰るも のや,よその塾にかわるものがでてきました.

 筑前の八女から入門していた僧徳令は,かねてから先生を父のようにしたっていました が,突然塾からすがたをけしてしまいました.

[どうしたんだろう.]といろいろさがし ていますと.龍馬の森にこもって,断食(食べない)していのっていることがわかりまし た.[先生の病気のよくなるまでは,死んでもうごかぬ.]とけっしんしています.

 やがて,そのことが,先生の耳にも入りました.先生は苦しい中から,徳令をかなしみ ,同じ道の僧にたのんでそのいのりをやめさせようとしました.

[おい徳令,それほどまでに先生を思う心には頭が下がる.しかし,わが浄土真宗では, 祈願をすることはきんじられているのだ.君は僧として,その戒めを破ってはならぬ.]

といさめますと,徳令は,[おれは今学生だ.学問の修行者だ.だからその道にしたがう .おれは先生の命にかわりたい.]といって,どうしても聞きません.

先生はそれを聞く と,[徳令をたすけてくれ]となげきました.

[かえって先生を苦しめるばかりだ]といって,おしかけてみますと,徳令は,はややつ れきって,気もたえだえです. 

みんなは,それをさいわいにして,ついに塾にかついで 帰りました.[先生は,先生は]と泣きさけぶ,徳令を手とり足とりしながら. 天もあわれみたもうてか,その時筑前の外科医,権藤直があらわれました.年は四十四 .求馬先生と同じです.

[病人も四十四,医者も四十四,四は死なり.この医者にかけて はならぬ.]などというものもありましたが.先生のお父さんは,[病人も四あわせ,医 者も四あわせではないか]といって,治療をまかせました.

権藤は,[命にはかえられぬ,よろしいか]と,いうが早いか,じつに思いきった大手術 をしてしまいました. 命はとりとめました.

 ああ先生,命をひろうこと三たびであります

. けれども十九の時の大病は,今なお根をたたず,二十四の時の疫病は,持病となってひそ んでいます. 

それに又このたびの大手術は,かなしくも先生を生の体ではないものにし てしまいました. それに体のおとろえとともに,かっての眼病は重くなり,やがて読書 もできなくなってしまうのです.なんというさびしい運命でありましょう.

[これからは,心しずかに気をやしなって下さいよ.]とみよりのものがいたわります. [そうだなあ,病をわすれるには,新しい書斎でもつくって,こもろうか.]と先生も, しみじみと思い,あっさりとした書斎をたてました.そして[淡窓]と名づけました.

先生四十五才の四月です.淡きもの,それは[ほのとした月影]か.先生はその窓のもと に,これからの人生を思うのでした.

[ふとみれば,あまりにもやつれた妻のすがた.このたびの苦労に,髪もほとんど白髪と なっている.幼い時から父をうしない,さびしく母の手にそだてられてきた.みよりもな いこの妻.愛すべき子ももたず,ただ病弱のわれにしたがって,これからをさびしくくら すのか.]そう思うと先生は,つつましい奥さんが,あわれでなりません.

[せめて,三味なとなろうて楽しんでおくれ]といたわらずにはいられませんでした.

  けれども[淡窓]となった先生は,やがてこのさびしい人生から,[これからは生まれ かわりだ]と思いなおすのでした.そして命をえたよろこびを,天のたまものと感謝し, 親族朋友(親類や友達)のおかげだとたたえるのでした.

広瀬淡窓物語の表紙に戻る。

元に戻る。