** [淡窓 先生]シリーズNO.5



 むし熱いときは,かけい(水をながすとい)の水をかぶって眠気をはらい,わきめもふ らずに勉強します.[おい,玄簡,ちっとは遊ぶものだ.こい,うまいもの食いにいこう .][僕はまだ馴れませんから]と見向きもしません.それで秋のころには,[広瀬君, 進歩したのう,大いなる進歩ぞ.]と昭陽先生に,ほめられました.

[おい,玄簡,時には人生の学問をしろ,青春(若いとき)再び来たらずだ.] などいって,さそいをかける学友もいます.けれども寅之助さんは,勉学のひまには,ひ とり,箱崎の海岸を眺めたり,愛宕山に散歩したり,静かに心を養いました.

[伏敵門頭 浪拍天](ふくてきもんとう ろうてんをうつ)という,あの[筑前城下] の詩は,この頃作られたといいます.

 冬の初め,お父さんが太宰府にきました.許しをうけて行ってみますと,お父さんは, さもなつかしそうに,ごちそうを食べさせながら,[どうだ,おもしろいかい] [ええ,いろいろありましてね.]寅之助さんも,何かと話しました.

[どうやら先輩に追いついたようです.][ほう,それはよかった.しかし,無理はして くれるなよ.寒さもきびしくなるからな.] 寅之助さんは,ずっと後になって,[はっ ]と気が付きました.[弱い自分の事を心配して,それとはなしに,ようすを見に来てく れたのだな.]と,そして,[親の子を思う心は,深いものだなあ.]と書きました.

 その後,水をかぶったのがもとで,冬の暮れを,風邪にたおれてしまいました.

たいそうな熱で,うわごとをいうほどでしたが,なんといっても旅の空のこと,じっとこ らえて寝ていました.

 それで塾に,たったひとりのこって,生まれて初めて,他国での正月元旦をむかえまし た.

正月の休みを日田に帰り,二月の初め,塾に帰ろうとしますと,あにはからんや,亀井塾 は,まる焼きになったと聞きました. 

正月二十九日の夜,唐人町から起こった火事で,なにもかも灰になってしまったというの です. 驚いて行って見ますと,先生を中心に,かけつけた門人たちが,焼け跡にむしろ を敷いて,大いに酒盛りの最中でした.南めい先生は,剣舞をやっています.

昭陽先生は,[驚くな君,浮世(この世の中)のことは,又かくの如しだ. とは いうものの多年力をつくした著書(先生の書いた本)を焼いてしまったのは,残念でなら ぬ,しかし父の著書だけは,余が火の中に飛び込んで,全部救い出すことができたのだ. ]と涙ぐんで話してくれました.

 寅之助さんは,ひとまず日田に帰り,しかたなく秋風庵にのうのうとしました. けれども[少年易老](しょうねん おいやすし)と思い,夏の初め,再び博多に行きま した.

  南めい先生は,姪の浜で医者となり,昭陽先生は,ある土蔵をかりて,住っていました . 寅之助さんは,昭陽先生のもとに住み込み,南めい先生のもとにも通って,勉学する ことになりました. 学は一人,教ゆるは二人です.

 冬,ようやく学友ができましたが,ついに,昭陽先生のもとで,十八の元旦を迎えまし た.

 ぼつぼつ学友も帰って来,新たに入門する者もありましたが,寅之助さんは,よく南め い先生のおともをして,色々な学問の会に,出席するほどになっていました.

 ある時,南めい先生は,[ずっと以前,君の事を海内無隻(かいだいむそう(日本に二 人といない))の才子と聞いたことがあったが,たしかにそうだ.]といいました.

[しかし,まだ君のほかに,一人や,二人はあるかもしれんぞ.]と笑いました. 寅之助さんは,あの元雷のことを思いました.

 寅之助さんは,秋ごろから,どうも元気がありません.勉強のつかれであろうか,もと もと弱い体ではなかったが,と,その冬,ついに病にたおれてしまいました.

毎夜,寝汗をかき,むらのあるあやしい熱に,体はだるくてなりません.寅之助さんは, ぐったりなった心のうちで,[たちの悪い病気ではあるまいか.]と,おそれていますと ,[早く帰れ,故郷に帰って養生せよ.]と先生も学友たちもすすめます.

 寅之助さんは決心して病気の身を,二月初め日田に帰ってきました. そしてそのまま帰りきりとなってしまいました.

 塾にあること,わずかに三ヶ年たらず.ゆくゆくは,大阪,江戸にも遊学したいと思っ ていましたのに,悲しいかな.

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