夏と言えば甲子園

夏の甲子園が開幕しました。
日ごろは野球なんて興味ない私でさえ、この時期は結構はまってしまいます。
取りあえずは、地元に近い方の出場校を応援します。判官びいきって言うのか、
強豪といわれるとこより初出場なんて言うチームが初々しくっていいなーー!

高校野球の魅力は一生懸命さと勝っても負けても流す彼らの涙・・・それを見てると
青春、情熱、友情・・・なんて単語がボロボロ出てきて、「ああ、栄冠は君に輝く!」
という曲が流れただけで、いつもウルウルしてしまいます。
若い情熱をあの一瞬にかけて戦う「うーーん!スポーツってさわやかでいいなー」
って、思います。

でも、暗く理不尽な部分って、どこの世界にだってあるのでしょうが
高校野球も例外ではないようです。

今年はPL学園高校が部員の不祥事で出場停止になりましたよね。
先輩から暴行を受けたとして、先輩や学校などを相手に損害賠償を求める訴えを
起こした事が問題になったのですが・・・
「付き人」として日常的に暴行を受けたと言うこの元野球部員
の悲惨な日常が週刊誌に出ていました。

それを読んだうちの娘は、「お母さん、お兄ちゃんと一緒や!」
そういいましたよ。

息子は別のスポーツなのですが、やはり強豪と言われた他県の高校に
入学し、スポーツ推薦の子ばかりの寮にはいりました。
中学校を卒業してからすぐですから、まだまだ子供と言えば子供です。

私は入学を決めた時、家にいるとツイツイ甘やかすし、スパルタ式に
鍛えてもらった方がいい、彼にとっては修行だ、なんて思ってました。
部活の練習だって甘く考えていて、休みの日には、
帰って来れるものだと思ってました。
ところがなのです。
土曜、日曜日は勿論、長期の休みも部活は休みなし!
高校3年間、引退するまでは、毎年お盆の3日間と年末年始の
4日間だけが家に帰って来れる日でした。

息子に会いたいと思えば、試合の応援を口実にこっちらから
出かけなくては会う事さえ出来ません。
試合の応援に行っても息子はかなり忙しそうで話さえまともに
出来ないほどでした。
先輩の付き人で一生懸命仕事(先輩の荷物もち)をしてるようでした。
試合が始まると、息子達は観客席の後ろの方にまっすぐに並んで立ち
拍手も一部のすきもないような整然とした応援をさせられて(?)いました。
「まるで、ロボットだ」そう思いました。

隠れるようにして応援している息子のそばまで行って、
「どうなの、調子は?」そうたずねると「まあまあ・・」
「楽しい?きつくない?」「いや・・・」
言葉すくなに小声でこたえるだけ、しかも私の顔も見ません。
なんだか痩せたような気がしました・・・
でも、なれない高校生活、寮生活で痩せたのだろうと思ってました。
心配してもしょうがない、彼は自分で選んで行ったんだから・・・
そう思って、無理に納得して帰りました。
夜時間を見計らって寮に電話をかけても、なんだか他人行儀で
「ハイ」とか「いいえ」とかしか返事せずどうなちゃったんだろうと思ってました。

たまには、夕食を一緒に食べようということになり
試合が終わっても帰らずに息子の仕事が終わるまで、学校の隅っこで待ってました。
近くのファミリーレストランに行き、息子の好きなものをたべさせました。
そのとき、一年生部員は先輩の身の回りの雑用をしないといけないという事。
洗濯、道具の手入れ、学食の順番とりから、買い物、マッサージetc、
寝る暇もないくらいにです!
ミスったりすれば先輩から殴られる事、時には言いがかりとしか思えない
ような理由で一年生は全員集合させられて殴られると言う事等を
(ボソボソあたりに気を配りながら)話してくれました。

電話も、寮の先輩が聞き耳立てているような気がしてしゃべれないと言います。
スポーツの部活動だし、ある程度の先輩後輩のそういった関係は予想していましたが、
想像以上に陰険な状況に、私は腹が立ってきました。
しかし息子は私に絶対先生や監督には告げ口するな
そんな事をすればどんな目に合わされるか解らないそういうのです。
辞める覚悟がない以上このまま我慢するほかないような気もしました。
しかし、チョッと安心したのは同じ境遇と言う事で一年生同士慰めあったりして
連帯感が芽生えていると言う事でした。
私はがんばれ、自分で決めたことなんだから、そう言って慰めるしかありませんでした。

夏合宿が終わり、3年部員が引退する頃になると、慣れて来たこともあってか、
だんだん楽になってきたみたいでした。
新1年生が入る頃には自信も取り戻し、見違えるようになりました。
わたしは、息子には自分達がされて嫌だったことは後輩達にやってはいけないと
言いましたが・・・
息子は今になって思えば、一年生の時のあのいじめを(?)克服したからこそ、
どんなハードな練習にも耐ることが出来たと思ってると言います。
人生これからいろんな苦難が待ってるだろうけど、あれを耐えたと言うのはかなり
の自信になってると言います。
こういうスポーツの部活動を経験して来た男親も言います。
(PLの学校を辞めさせて訴えた親に対して)あんな事をしたら、それまで子供なりに
我慢した事が全部水の泡になる。耐えてこそ強くなれるのにって!

私は息子もあまり話したがらなかったし、みんな我慢してきたことなんだという
変な納得の仕方で、深刻さも大してもってませんでした。
それどころか、親でさえ教えることが出来ない根性や忍耐、そういうものが培われる
なんて思ってました。
しかし、親としてあまりにも無責任であったような気もします。

幸いな事に息子は無事卒業出来ましたし、いまだに出身校の夏合宿に参加しています。
今は「OB」で在校生にとっては神様みたいな存在ですから、小気味いいのでしょう。

「和気藹々じゃ、強くはなれない」この言葉は息子の先輩が言った言葉です。
あのように理不尽で個人のプライドも何もかもめちゃくちゃにされるような
試練(このことは本来のスポーツの練習とは全く関係ないのですが)を与える事が
指揮官の言いなりに動ける、力を出し切れるそんな将棋のこまみたいな選手になる
ためには必要なことなのでしょう・・・
上からの命令に従い逆らわずに一生懸命やるそうしないと戦えない、チームとして
強くなれない、個人より、チームだ!そんな感じなのかなーって思います。
結局、のんびりムードで和気藹々で楽しくやってたのでは
高校3年間は短いから時間が足りなくなってしまうんでしょうね。
短期にベストに仕上げるためにはこういう風に個を殺して、全体のためにで盛り上げて
いかないといけないんでしょう。

あの時、息子は逃げ出さずに頑張ってきました。
もし、逃げだして家に帰ってくるようなことが起きていたら
私はどうしたんでしょう・・・・
今でこそ、結果オーライで息子が耐えて来た事は意味があった何て言ってられますが・・
本当のところは未だにわかりません。

PLの事件で、少しでもこういった風潮が議論され改善されていけばいいナーと思ってます。

メールマガジンに寄せられたコメント
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2001/08/11 09:42:46 attomark さん 毎回楽しみにしています。